Glenn Hughes
私の敬愛するボーカリストであるグレン・ヒューズ・・・。
私が彼の歌に始めて出会ったのは、Deep Purpleのボックスセット「紫の匣」を買った時です。
その中に収録されていた「This Time Around」を聴いた時、不覚にも涙が溢れて来ました。
生まれ変わりをテーマにしたこの曲で初めて彼を知る事になったわけですが、その頃の彼はドラッグ漬けの破滅的な人生を歩んでいました。
Deep Purpleという巨大なグループに所属した事で、完全に自分を見失った彼は趣味の世界丸出しのソロアルバムリリースや、Hughes/Thrall結成という単発的なプロジェクトを経て、暗黒の80年代を過ごすことになるわけですが、90年代に見事ドラッグを断ち切って復活!!
それからの彼は、まるで空白の時間を取り戻すかのように精力的な活動を続けています。
その素晴らしい歌声は、Voice of Rockの称号に相応しいパワフルな歌声だけではなく、「Phoenix Rising」のようなファルセット多用の美しいバラードまで非常に幅広く、まさに神から授かった声の持ち主!!
勝手に師匠と呼ばせていただいていますが、私が最も敬愛するボーカリストです。
私が彼の歌に始めて出会ったのは、Deep Purpleのボックスセット「紫の匣」を買った時です。
その中に収録されていた「This Time Around」を聴いた時、不覚にも涙が溢れて来ました。
生まれ変わりをテーマにしたこの曲で初めて彼を知る事になったわけですが、その頃の彼はドラッグ漬けの破滅的な人生を歩んでいました。
Deep Purpleという巨大なグループに所属した事で、完全に自分を見失った彼は趣味の世界丸出しのソロアルバムリリースや、Hughes/Thrall結成という単発的なプロジェクトを経て、暗黒の80年代を過ごすことになるわけですが、90年代に見事ドラッグを断ち切って復活!!
それからの彼は、まるで空白の時間を取り戻すかのように精力的な活動を続けています。
その素晴らしい歌声は、Voice of Rockの称号に相応しいパワフルな歌声だけではなく、「Phoenix Rising」のようなファルセット多用の美しいバラードまで非常に幅広く、まさに神から授かった声の持ち主!!
勝手に師匠と呼ばせていただいていますが、私が最も敬愛するボーカリストです。
そういえば・・・
私には大病の経験がありません。
中学時代と高校時代は、バスケットボールをやっていたために捻挫はやりましたが、内臓系の疾患にはかかったことがありません。
不思議と大怪我はしたことがないんですよね・・・。
一番大きな怪我といえば、大学時代の卒業式を間近に控えたある日、学友会の仕事として溜まったごみを焼却炉で焼いていたら突然爆発し、顔面とかばった腕に重度のやけどを負ったことと、社会人生活の初期に指先をカッターナイフで切断してしまった事ですね。
顔面のやけどは、名医といわれる医者にかかったことでほぼ跡形なく回復しましたし、指先も注意してみないとわからない程度には回復しました。
いずれの怪我も不注意と油断が招いた結果だったのですが、何事も慎重に取り組むべしと言う戒めだったのかもしれませんね・・・。
とにかく、他人に無頓着で自分中心に生きてきた少年時代だったのですが、様々な経験をしたお陰でそれなりに他人とうまく関われるようになりました。
初対面でも物怖じしない性格は恐らく幼少期に培われたものですが、祖母が何でも私と弟を比較して「勉強のよく出来る兄と落ちこぼれの弟」という構図を作り出していた影響で、かなり自惚れた性格のままで成長してしまった気がします。
その影響で、とにかく他人の話を聞かない、わがままで自分勝手、他人のことを思いやらないという最低な人格が形成されつつありましたが、最近、ようやく少しだけ変わってきたような・・・。
愛する家族が出来たというのが最大の転機には違いないのですが、青年期の初期に体験した2つの怪我は何かのサインだったのかもしれないと考えることがあります。
自分を大切にしない人間が他人を大切に出来るはずがないという意味もあるだろうし、今の自分を見つめなおせという意味もあったのかもしれません。
大病ということでは、私の父は胃がんで胃と小腸の一部までを摘出しています。
そんな父が、今でも元気でいてくれることに感謝です。
今、生きていることに感謝!という考え方は、つい最近芽生えました。
そして、私に関わる全ての人たちが私を支えてくれているということにも、最近気付き始めました。
人生、死ぬまで勉強!!です。
中学時代と高校時代は、バスケットボールをやっていたために捻挫はやりましたが、内臓系の疾患にはかかったことがありません。
不思議と大怪我はしたことがないんですよね・・・。
一番大きな怪我といえば、大学時代の卒業式を間近に控えたある日、学友会の仕事として溜まったごみを焼却炉で焼いていたら突然爆発し、顔面とかばった腕に重度のやけどを負ったことと、社会人生活の初期に指先をカッターナイフで切断してしまった事ですね。
顔面のやけどは、名医といわれる医者にかかったことでほぼ跡形なく回復しましたし、指先も注意してみないとわからない程度には回復しました。
いずれの怪我も不注意と油断が招いた結果だったのですが、何事も慎重に取り組むべしと言う戒めだったのかもしれませんね・・・。
とにかく、他人に無頓着で自分中心に生きてきた少年時代だったのですが、様々な経験をしたお陰でそれなりに他人とうまく関われるようになりました。
初対面でも物怖じしない性格は恐らく幼少期に培われたものですが、祖母が何でも私と弟を比較して「勉強のよく出来る兄と落ちこぼれの弟」という構図を作り出していた影響で、かなり自惚れた性格のままで成長してしまった気がします。
その影響で、とにかく他人の話を聞かない、わがままで自分勝手、他人のことを思いやらないという最低な人格が形成されつつありましたが、最近、ようやく少しだけ変わってきたような・・・。
愛する家族が出来たというのが最大の転機には違いないのですが、青年期の初期に体験した2つの怪我は何かのサインだったのかもしれないと考えることがあります。
自分を大切にしない人間が他人を大切に出来るはずがないという意味もあるだろうし、今の自分を見つめなおせという意味もあったのかもしれません。
大病ということでは、私の父は胃がんで胃と小腸の一部までを摘出しています。
そんな父が、今でも元気でいてくれることに感謝です。
今、生きていることに感謝!という考え方は、つい最近芽生えました。
そして、私に関わる全ての人たちが私を支えてくれているということにも、最近気付き始めました。
人生、死ぬまで勉強!!です。


